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第3話 「一人で抱え込まなくていい」 | 放任で育った私が、「育てる人」になるまで

新人を育てる立場になったメンター自身もまた、悩み、迷い、支えられながら成長していく。

コーチとの1on1が、育成観をどう変えていったのかを描きます。

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第3話 「一人で抱え込まなくていい」 ― コーチとの1on1で、メンター自身が育つ

新人との1on1の手応えは、少しずつ変わり始めていた。

答えをすぐに教えるのではなく、問いかけを通して一緒に考える。

新人が自分の言葉で課題を整理し、次の行動を決めていく。

以前よりも、確かに対話の質は良くなっていた。
それでも、私の中には消えない迷いがあった。

たとえば、新人が長く沈黙したとき。

問いが難しすぎたのかもしれない。
もっと具体的に聞いた方がよかったのかもしれない。

逆に、悩んでいる様子を見ていると、つい答えを言いたくなる。

「ここはこう考えるといいよ」

その一言で早く前に進めることもある。

けれど、それを言ってしまった瞬間に、また“答えを渡す側”に戻ってしまう気もした。

厳しく問いすぎれば、詰問になってしまうのではないか。

優しくしすぎれば、成長の機会を奪ってしまうのではないか。

私は次第に、1on1のたびに自分の関わり方を振り返るようになっていた。

そしてある日、研修のフォローアップとして、コーチとの1on1の機会をもらった。

正直に言えば、最初は少し身構えていた。

新人との1on1について「こうすべきだった」と評価されるのではないか。

もっと上手な問い方を教えてもらえるのではないか。

そんなふうに思っていた。

ところが、コーチは最初にこう尋ねた。

「最近、メンターとしてどんなことに悩んでいますか?」

私は少し考えてから答えた。

「問いかけることは意識しているんですが、これで本当に相手の成長につながっているのか、自信がなくて…」

コーチはすぐに答えを返さなかった。

代わりに、静かに問いを重ねた。

「“成長している状態”って、あなたにとってどんな状態ですか?」

その問いに、私は言葉に詰まった。

新人にどうなってほしいのか。これまで何度も考えてきたつもりだった。

でも、改めて問われると、意外と言葉にできない。

少し沈黙したあと、私はゆっくり話し始めた。

「一人でも考えて動けるようになってほしいです」
「分からないことがあっても、自分なりに整理して相談できるようになってほしい」

コーチはうなずきながら続けた。

「では、今のあなたの関わり方は、その状態につながっていますか?」

その瞬間、胸の奥に何かが引っかかった。

私は気づいた。

これまで私は、「新人の問題を解決すること」に意識を向けすぎていた。

今日の課題を解決する。目の前のタスクを前に進める。もちろんそれも大切だ。

けれど本当に育てたいのは、課題を自分で整理し、前に進む力そのものだった

コーチはさらに尋ねた。

「あなた自身は、新人の頃、そうやって育ててもらえましたか?」

その問いに、思わず苦笑いがこぼれた。

「正直、ほとんどなかったです」

私は、自分の新人時代の話をした。

困ったときに答えだけを渡されること。
できないと責められたこと。
相談すること自体が怖くなっていったこと。

話しながら、改めて気づいた。

自分はずっと、“あのとき自分が欲しかった関わり方”を探しながらメンターをしていたのだ。

コーチは静かに言った。

「だからこそ、今のあなたの悩みには意味があります」
「育成に迷うのは、相手の成長に本気で向き合っている証拠です」

その言葉に、少し肩の力が抜けた。

私はいつの間にか、メンターである自分が、すべてを一人で背負わなければいけないと思い込んでいた。

正しい問いをしなければいけない。
毎回、良い1on1にしなければいけない。

でも、本当はそうではなかった。

メンターを支えるフォローアップの仕組みは、メンターのセンスに任せるのではなく、育成の再現性を高めるためにある。

メンター自身もまた、支えられながら育っていく存在なのだ。

その日以降、私は1on1を“うまくやる場”ではなく、新人と一緒に考える場として捉えられるようになった。

完璧な問いでなくてもいい。
重要なのは、相手の思考を止めないこと。
答えを急がず、一緒に考える姿勢を持つこと。
そして、自分もまた振り返りながら成長していくこと。

その視点を持てたことで、メンターという役割への見え方が大きく変わった。

ただ、もう一つ気づいたことがあった。

自分一人の経験だけでは、見えない視点がある。

他のメンターは、どんなことで悩み、どう乗り越えているのだろう。

その答えを知る場が、次に待っていた。

メンター同士のふりかえり会だった。

次回、第4話では、
メンター同士の対話が、個人の悩みを組織の知恵へ変えていく瞬間 を描きます。

ここで、主人公はようやく「育てる自信」の正体に気づきます。