第1話 「答えを教えるしか知らなかった」| 放任で育った私が、「育てる人」になるまで
第1話 「答えを教えるしか知らなかった」| 放任で育った私が、「育てる人」になるまで
かつて自分が受けて苦しかった「答えだけを渡される育成」を、知らず知らずのうちに繰り返していた――。
新人育成の最初の壁にぶつかったメンターの葛藤を描きます。

第1話 「答えを教えるしか知らなかった」― 放任で育った私が、初めて新人のメンターになった日
新年度が始まり、部門に新入社員が配属された。
上司から声をかけられたのは、その日の午後だった。
「今年の新人、メンターお願いできる?」
一瞬、言葉に詰まった。
断る理由が見つからない。
入社して数年が経ち、業務にも慣れてきた。後輩に仕事を教える機会も増えていた。
それでも、胸の奥に小さな不安が残った。
自分は、人を育てることを教わったことがあっただろうか。
私が新人だった頃、育成らしい育成を受けた記憶はほとんどない。
配属初日、最低限の説明を受けた後は、すぐに実務に入った。
分からないことがあれば聞いていい。
そう言われてはいたものの、忙しそうに働く先輩たちに声をかけるのは簡単ではなかった。
勇気を出して相談すると、返ってくるのはたいてい「答え」だった。
- 「そこはこのやり方で進めて」
- 「その設定値を変えれば動くよ」
- 「この手順書どおりにやってみて」
その場では問題が解決したように見える。
けれど、少し条件が変わるとまた止まる。
なぜその方法なのか。
何を基準に判断したのか。
自分の中に考え方が残らない。
また同じような壁にぶつかるたび、先輩に聞きに行く。
すると、ときどきこんな言葉が返ってきた。
- 「前にも説明したよね?」
- 「なんでできないの?」
- 「なぜやらないの?」
それは問いかけというより、詰問に近かった。
相談するたびに、自分の理解不足を責められているように感じた。
次第に、聞くこと自体が怖くなった。
分からないまま手を止める。
考えても答えが出ない。
でも、また聞いて責められるのもつらい。
そんな日々の中で、少しずつ自信を失っていった。
だからこそ、メンターを任されたとき、心のどこかで思っていた。
自分は、あんな関わり方はしたくない
新人には安心して相談してほしい。
困ったときに、すぐに頼ってほしい。
そう思って、私はできるだけ丁寧に教えようとした。
タスクの進め方を細かく説明し、手順を整理して伝える。
- 「まずここを確認して」
- 「次にこの順番で進めるとやりやすいよ」
- 「もし詰まったら、この方法を試してみて」
新人は素直にうなずき、メモを取っていた。
最初は、それでうまくいっているように見えた。
ところが数日後、似たような場面でまた新人の手が止まった。
前回説明した内容と、ほとんど同じポイントだった。
私は少し驚きながら、再び手順を説明した。
さらに数日後、また別の場面で同じことが起きた。
そのとき、ふと違和感を覚えた。
あれ、この光景、どこかで見たことがある。
答えを渡す。
その場では動ける。
でも、次にまた止まる。
新人は悪くない。
むしろ、自分が「考え方」ではなく「正解」だけを渡していたのではないか。
私ははっとした。
これでは、かつて自分が受けて苦しかった育成と、本質的には変わらない。
教えすぎることで、その場の問題は解決する。
しかし、自分で考える機会を奪ってしまう。
一方で、任せきりにすれば、何を考えればいいか分からず、成長は止まってしまう。
育成とは、そのどちらでもないはずだった。
「教えすぎ」と「放任しすぎ」の間に、適切な支援がある
答えを与えるのではなく、問いとフィードバックで考えを促す。
その考え方に、私はまだたどり着けていなかった。
その日の1on1の終わり際、新人が小さく言った。
「すみません、また同じところで詰まってしまって…」
私はすぐに答えを返そうとして、言葉を飲み込んだ。
本当に必要なのは、また正解を渡すことなのだろうか。
新人が次に一人でも進めるようになるには、何が必要なのか。
メンターとしての最初の壁が、そこにあった。
次回、第2話では、
新人との1on1が 「教える場」から「考える場」へ変わっていく転機 を描きます。
KPTAと問いかけを通じて、メンター自身の関わり方がどう変わっていったのか。
その最初の変化をお届けします。